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黒板の色は何色か? 黒それとも緑? 「ブラックボード 背負う人」「二十四の瞳」

「黒板の色は何色か?」
そう聞かれたら、あなたはなんと答えますか?

読売新聞夕刊で毎週水曜日に、
芥川賞作家、藤原智美さんが『spice(スパイス)』
という連載をしています。

11月11日のタイトルは、「「黒板の言葉も嘘をつく」でした。

公式サイト、
《『藤原智美』ということ》の《※コラム掲載 (2009.11.11)》
http://www.fujiwara-t.net/info.html

そこに記されているように読売新聞の読者サイト「ヨリモ」で読めます。
(今の所、まだ11日分はアップされていない。本紙より1週遅れ)
「ヨリモ」は無料ですが、登録が必要。

《ヨリモスタイル》の《Spice(スパイス)》
https://yorimo.yomiuri.co.jp/csa/Yrm0402_P/1221733128329

そこで気になったのが、このコラムの最後の部分。
《それにしても、最近の黒板がたいてい深緑色なのはなぜか?
昔、黒板はあくまでも黒色だった。いつ、いかなる理由で緑板に
なっちゃったんだろうか。》

逆に驚きました。
黒板って、名前の通り、黒だったんだ!

Yahoo!百科事典《黒板(こくばん)》
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E9%BB%92%E6%9D%BF/

黒板は最初木製でほぼ1メートル四方の板に黒い塗料を塗り付けた程度のものであった

おお、やっぱり元は黒。

しかし、自分も含め、周囲の同年代の人に聞いても、
黒板は黒ではなく、濃い緑色だと答えるのですけれど。

色も、目の衛生、感じなどから、ほとんど暗緑色のものになり、
白色の黒板(ホワイトボード)も普及してきた。


ホワイトボードは皆さん、会社でもよく使っていらっしゃると思うのですが、
そうそう、一般的な黒板は、今は緑色ですよね。

ちなみに先ほど、近くの文房具屋さんに行ってきましたが、
黒板は、緑色のものばかりでした。(伝言板などの小さいサイズ)

藤原さんは、1955年福岡県のお生れ。
http://www.fujiwara-t.net/profile.html

小学校の時と考えると、1962年頃は福岡はまだ黒だった?

いつ頃から緑が登場したんでしょうか?

こんな団体がありました。

《全国黒板工業連盟》
http://www.kokuban.or.jp/index.html

そのサイト内には、《黒板のお話し》《黒板の歴史》》とあり、
昭和29年、JIS規定が制定され、塗面が黒からグリーンに変わりました。
http://www.kokuban.or.jp/topic/index.html

そして学校に黒板が普及したのは、
昭和30年頃から木造から鉄筋の学校が多く作られ黒板が全国的な規模で拡がりました。
だそうです。

丁度、入れ替わりの頃だったんでしょうか?

なお学校の黒板というのは、色に関し、
ちゃんと基準が決められているんですね。

毎年1回検査していたんだ。
知らなかった。

《黒板検査用色票色見本》
http://www.mcrl.co.jp/testchart/color_blackboard.html

なお新しい黒板を使うにあたっては、
チョークとなじませないと、消えにくいことがあるそう。

上記、全国黒板工業連盟
黒板・白板の取り扱い
http://www.kokuban.or.jp/topic/handle.html

普通の板を黒板に変える黒板用塗料というのがあるんですね。
《SP黒板用スプレー》
https://www.diyna.com/webshop/paintjoy/sp004.html

それを見ると、黒、緑と2色ありますね。
今でも黒で塗る人もいるんですね。

黒板につきものなのが、チョーク。
昔は、粉が出て汚れて大変でした。

チョークも進化しているようです。

ダストレスチョークの日本理化学工業
http://www.rikagaku.co.jp/

こちらの会社は、障害者雇用が進んでいということで、
鳩山総理の所信表明演説でも紹介されました。

日本でいちばん大切にしたい会社 》(アマゾン)

働く幸せ~仕事でいちばん大切なこと~ 》(アマゾン)

黒板というと思い出す映画が《ブラックボード/背負う人
http://eiga.com/movie/1010/critic

ブラックボード - 背負う人 - [DVD] 》(アマゾン)

いい映画でした。
あの映画の黒板の色は何色だっけなー?

もう一本、「二十四の瞳」。
ご説明の必要もないと思いますけれど、
舞台となった小豆島には、映画村があります。

http://www.24hitomi.or.jp/

この中に、オープンセットで、
舞台となった分教場(苗羽小学校田浦分校)が再現されていて、
そこが現在では映画資料館になっています。

こちらの写真を見てみると、黒板の色は緑色でした。

また実際の「岬の分教場」も、
昔ながらの場所で、保存・公開されています。

http://www.mapple.net/spots/G03701029601.htm

こちらの黒板も写真を見ると、緑色ですねー。
というのは、こちらの建物は、昭和46年まで
苗羽小学校田浦分校として使われていたから。
ですからこちらの黒板が緑色なのは、不思議ではないのですが…。

原作となった「二十四の瞳」は、1952年(昭和27)に出版。
昭和初期から戦後までの時代を描いています。
ですから、おそらく当時の黒板は黒だったのかなー?

モノクロ映画ですが、黒板が映るシーンが
あるかどうかも含め、見直してみようかな。

二十四の瞳 デジタルリマスター2007 [DVD] 》(アマゾン)


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